「え、阿部に彼女がいるって、嘘でしょ?」
「嘘じゃないらしいよ。しかも相手は9組の長谷川さん」
「は、長谷川さん!?」

 始めは、嘘だと思ってた。最近一緒にいることが多いと思ってはいたけれど、まさか付き合う、とは。大体、阿部のくせして長谷川さんと付き合うなんて、生意気極まりない。私も男だったら彼女と付き合いたいと思うくらい、可愛くて、料理が上手くて、女の子らしい子なのだ。そんな子が、阿部と。
 あまりの衝撃に、堪えきれず私はしゃがみ込んで頭を抱えた。視界にはみんなの足と、机の脚。そこに阿部の姿はまだなかった。

「まじで?そんなの、あたし、聞いてないし」
「でも結構有名だよ?まさか今日知った?」
「今日で悪いか!てゆーか阿部のくせして、彼女とか生意気!長谷川さんとか、超生意気!」
「ちょっと、あんた声でかい」

 私はとにかく認めたくなくて必死だった。彼女が長谷川さんなんて、羨ましすぎる。いつの間に彼女と仲良くなったんだろう。私、全然気付かなかった。気付かせてもらえなかった。いつもノートを貸し借りする仲なんだから、少しくらい教えてくれたってよかったのに。
 私のことなんてまるで、気にしてなかったとでもいうの。

 とにかく私は、阿部への怒りともどかしさでいっぱいだった。どうやったら晴れるのだろう、このもやもやは。「おめでとう」、と皮肉たっぷりに言えば気が済むのだろうか。一発ぶん殴ってやれば、いいのだろうか。それ以前に私は話しかけてもらえるだろうか。話しかけられるだろうか。

「お、噂をすれば影」
「え?あ、・・・」

 がらがらと音を立ててドアが開き、そこから阿部の顔が覗いた。一つの事実を知っただけで、阿部のたれ目は妙に幸せそうに見えた。今では、阿部の笑顔さえも、私を嘲笑っているかのように見えた。すごく、嫌だった。できることなら逃げたかった。目を瞑りたかった。
 けれど近付いてくる存在を、無視することなんかできずに、私は話しかけた。

「おはようございます」
「ああ、はよ」
「幸せそうで、何よりです」
「・・・あ?」
「なんでもない、でーす」

 私が黙ると、彼は溜息をつく音が聞こえた。どうしよう、怒られる。そう思って目を瞑った。
 十秒くらいずっと、目を瞑って下を向いていた。けれど、阿部の怒声も、チョップも下りてこなかった。おかしいと思って、辺りを見回すと、ドアのところに阿部の影が見えた。

「(噂をすれば、陰)」

 そこには本当に楽しそうに笑う二人がいた。私の前ではあんな風に笑わない。私だけじゃない、このクラスであんな顔をする阿部は見たことがなかった。
 紛れもなく彼女は特別だとわかった。それを悟ると、いつのまにか頬を伝っていた涙に気付いた。
 裏返しの感情に、ようやく私は気付いた。羨ましかったのは阿部じゃなくて、長谷川さんだったってこと。もどかしさも、このいらいらも全部、阿部がすきってこと。
 あの子の前での阿部は、本当に幸せそうだった。見ていられなくて、私はまた、下を向く。目を瞑る。滴が真っ直ぐに、教室の床に零れてく。
 ごめんね、阿部。私、さっき嘘ついた。あんたの幸せなんて、ぜんっぜん嬉しくない。絶対に願ったりしない。ましてや祈ることなんて、絶対にするもんですか。
 ――ごめんね。



ることのできない幸せ
(やだよ、遠くに行かないで、)



061220 加筆修正100302    * Title by piranha lover
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