夢見騒がし
いつもよりも遅く家に帰ってきた少女は、目も当てられない姿だった。
腕や足には大量の擦傷や切傷。顔にはくっきりと三本の爪痕。
ポニーテールに縛っていた栗色の髪は、ほとんど解けている。
満身創痍で帰ってきた娘を見ても、母親は何一つ取り乱すことはなかった。
「お帰りなさい」
優しく出迎え少女を伴い居間に入ると、用意された救急箱の傍に座り少女も座るように促した。
「今日は何があったの?」
傷だらけの少女の手当てをしながら、ぽつりぽつりと話し出す少女の言葉に耳を傾ける。
少女の前後が移動する話を纏めると、木の上で動けなくなっている猫を助けようとしてこうなったらしい。
すると、顔の爪痕は猫につけられたということになる。救済しようとした相手に襲われるとは皮肉な話だ。
「いだっ!!」
消毒液が染みた脱脂綿を傷口に当てられて、少女は悲鳴をあげる。
眼球がじわりと潤むが、涙が零れることはなかった。
「酷い目にあったわね」
「うん………」
猫に頬を引っ掻かれた拍子に、木の上から落ちているらしい。
酷い目と言うか、もはや災難としか言いようがない。
「でもさ、ほっとけなかったんだ。弱いものは守らなきゃいけないから」
胸を張る少女を見て、母親は苦笑を浮かべた。
おそらく、少女の台詞は彼女が好きなヒーロー番組の受売りだ。
活発で元気な少女は、普段から欠かさずヒーロー番組を見ている。大人しく身体の弱い姉と共に育つうちに、人を擁護する気持ちが強くなったのだろう。
「助けた相手に引っ掻かれても?」
包帯を巻きながらの母親の質問に、少女は輝くような笑顔を見せた。
「だって、助けないでいたほうがコウカイするもん!」
きらきらと眩い瞳。迷いのない瞳は子供だけが持っている特別のもの。
この瞳が出来るうちは、まだ世界は少女のものなのだ。
「後でこうすればよかったって思うのはいやなんだ。だから、やれることはゼンブしなさいって、お父さんが言ってた!」
「そう……。尊は強いわね」
頭を撫でてくれる母親に、少女は更に笑みを深くした。
自分のことを肯定してもらうのはいつだって嬉しい。それが大好きな母親ならば尚更。
母親の言葉も自分の思いも真実だと………叶うものだと信じて疑わなかった。
あの日、
「尊―――!!」
血のように紅いあの夕陽を見るまでは。
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