4章 ノルマール城

モドル | ススム | モクジ

  2.  

テオドシウスと手を繋ぎながら、真っ赤な絨毯が敷かれた廊下を歩く。
ちらりと横目で周囲を確認すると、軽い眩暈に襲われて尊は空いた片手で額を押さえた。
なんなのだろう。この豪奢な景観は。
どう見たってこれは、歴史の教科書なんかで見たベルサイユ宮殿の内装にそっくりなのだけれど。
となると、今いるのは王子様とお姫様が住むお城というものなのだろうか。
皇子様のテオドシウスがいて、陛下とやらがいるところなのだからどう考えたってお城だろう。
(六畳の茶の間が一番広いという家賃二万五千円のアパートに住むあたしが、なんだってお城に足を踏み入れてるんだろう。だいたいお城なんて修学旅行で行った大坂城ぐらいしか入ったことないんですけど………)
先を行くマチェイの背中をぼんやりと見つめていると、繋いだ手がぎゅうと握られた。
引き攣った顔の尊をテオドシウスが不思議そうに見上げている。
「どうしたの、ミコト?」
「うーんと……ちょっと、緊張してるかも」
城にいるだけでも心臓に悪いと言うのに、陛下に会いに行くなんてもはや悪い冗談としか考えられない。
陛下と言えば王様のことだ。王様と言えば最高権力者のことである。
王様に会う時の行儀作法なんか何一つ知らないが、フォローしてもらえるのだろうか。
とりあえず、ディア・ガディアスはセリーヌに預けてきたので、打首になるような失礼なことを仕出かすことはないだろう。
テオドシウスと繋いだ手をゆらゆらと揺らしながら、緊張を解そうと質問をする。

「陛下ってテオのお父さんなんだよね」
「ううん、僕の兄様だよ」
「ん?じゃあ、テオのお父さんはご隠居したとか?」
「父様は三ヶ月前に亡くなったんだ。だから、今は兄様がノルマールの新しい皇帝」
「あ……そう、なんだ」
知らなかった。
父親を亡くして三ヶ月では、まだ心の傷が癒えていないだろう。それでも、テオドシウスは哀しみに目を伏せることがない。
強い子だなぁと感動していると、テオドシウスがぽつりと呟いた。
「正確にいうと、兄様ははまだ皇帝じゃないんだけどね」
「え?」
「先代皇帝が身罷られてから99日間は喪に服すの。100日目に第一皇位継承権を持つ人が皇帝の儀を経て、皇帝になるんだ。それまでは、皇帝代理なの」
「100日も皇帝がいないと大変でしょ?」
「うん。皇帝代理だと権限がないから、国内のことはもちろん国外のことも口を出すことが出来ないんだ。国のことは三大老に任せればいいんだけど、列強会議には皇族しか参加できないから外交には不利になる。100日は長いよ。ノルマール建国時からある風習みたいだけど……悪習だよね。おかげで他国に付け入る隙を作ってしまう」
言っていることは何となくでしか理解が出来ないが、とりあえず皇帝になれない間は大変なのだと分かる。
小さな溜息をつくテオドシウスは、無邪気に微笑んでいた彼からは想像も出来ない。
もともと聡明さを感じさせる子供だったが、初めて彼がこの国の皇子様なんだと実感した。
「でも、兄様が皇帝になるまで、あと7日だから。少しは混乱も収まると思うんだ」
そう言って微笑むテオドシウスに尊は無言でこくこくと頷いた。
王族というものの片鱗に触れて、なんだか圧倒されてしまったのだ。
十二歳のテオドシウスに圧倒されて、皇帝に会って大丈夫なのだろうか。
「はい。お待ちどうさん」
足を止めたマチェイが振り返る。
その先にあるのは大きな両開きの扉。前には槍を持った兵士がいる。
黄昏の騎士団(トゥワイル)第四騎士隊副長のマチェイ・ヤールグだ」
そう言って兵士に開扉を促すマチェイは、今までのいい加減にも感じる態度が嘘のようだった。
気のいい近所のお兄さんにしか見えなかったマチェイが、今なら騎士と言われれば納得するだけの威厳に満ちている。
兵士たちが重たそうな扉を二人掛かりで開ける。
「ミコトちゃん、入っていいよ」
完璧に腰が引けている尊を手招きで呼ぶマチェイ。
テオドシウスが手を離す様子はないので、どうやら手は繋いだままでOKらしい。
竦んでしまっている足を進めて、恐る恐る室内を覗き見る。
思っていたよりも広い室内と高い天井に驚きつつも、室内の真ん中に位置する人に目を移した。

(この人が………へーか?)

尊と目が合ったのは、茶髪に鳶色の瞳をした青年。年の頃は二十代後半だろうか。
煌びやかな椅子に座っていることといい、立派な毛皮のマントを着ていることから彼がテオドシウスのお兄さんなのだろうと予測する。
けれど、想像していたよりも地味な外見に拍子抜けしてしまった。いや、見た目だけで言えば綺麗な整った顔をしているのだが。
よく言えば人の良さそうな、悪く言えば垢抜けない……そんな見た目の青年だ。衣装負けしている感が否めない。
青年は尊の顔を見つめたかと思うと、急に椅子から立ち上がる。
そして、マントを翻して早足で尊に向かってきた。
え?と思う暇もない。気が付いたときには尊は青年の腕の中にいた。
「ありがとう!」
「へっ?」
「テオドシウスを救ってくれてありがとう!君がいなければもう二度とテオドシウスに合うことは出来なかったかもしれない。本当にありがとう!!」
尊に礼を告げながら、青年は尊を抱擁する腕に更に力を篭める。
「兄様、ミコトが困ってる」
テオドシウスのマントをくいくいと引っ張っての忠告に、青年は漸く我に返ったらしい。
尊の肩を掴んで慌てた様子で飛び退いた。
「ご、ごめんなさい!嬉しさのあまり、つい………っ」
尊に向かって何度も頭を下げる青年に、尊は目を瞬くことしか出来なかった。
こんなに全身で感情を表す人は久しぶりに見た。
というか、皇帝がこんなにほいほいと一般市民相手に頭を下げていいのだろうか。
そう思ったのは尊だけではなかったらしい。
「…………レオンハルト皇子」
椅子の脇に立っている、眼鏡をかけた男がコホンと咳払いをする。
厳しい教師のような雰囲気を醸し出している男に名前を呼ばれた青年は、怒られた生徒のようにピシッと背筋を正した。
「う、うむ……その、テオドシウスを救ってくれたこと感謝する」
言ってから深々と頭を下げるレオンハルト。
口調は威厳を保っているけれど、結局は頭を下げてしまっている。
自分でもそれに気付いたのかハッと顔を上げ、怯たように後ろを振り返って眼鏡の男の様子を探っている。

「っぷ」
ついに尊の口から笑いが漏れてしまった。
相手は陛下。笑ってはいけないとは思うのだが、どうしても笑いは収まりそうにない。
ふるふると腹筋が震えている。限界は近い。
「……ぷ、くく…………あはははははっ!!」
押さえきることが出来なかった。ツボに入るとはこのことだ。
自分よりも年上の青年が慌てふためく様は、可愛らしくて面白かったのだ。
「あはははははははっ!………………っは」
お腹を押さえながら豪快に笑い、不意に冷静になる。
それはもう、血の気が引くように一気に冷静になった。
(し、しまった……)
陛下の失態を大笑いしてしまった。しかも、お腹を抱えて。
失礼にも程があるどころか、相手は一国を治める皇帝(代理)だ。どんな罰を与えられたっておかしくはない。
打首だ、極門だ、磔だ!
顔面蒼白のまま口を押さえて俯いていると、
「ふふっ」
小さな笑い声が聞こえた。
驚いて顔を上げると、レオンハルトが口許を押さえてくすくすと笑っていた。
「こんなに豪快な笑い声を聞いたの久し振りだよ。そんな面白いことしたかな、私」
てっきり斬り捨てられると思っていたのに、陛下は予想外にも首を傾げている。
「面白かったよ、兄様」
「ええ。とても滑稽でした」
無邪気に笑うテオドシウスと、優しい笑顔で辛辣なことを告げる眼鏡の男。
けれど、眼鏡男の毒舌はレオンハルトには通じなかったようで、彼は照れたように頭をかいている。
「レオンハルト皇子。立ち話ではお客人もお疲れになりましょう。場所を移動しては如何ですか?」
「うむ、流石はルーファスだな。では、部屋を移ろう」
眼鏡男……ルーファスに威厳たっぷりに重々しく頷いてから、レオンハルトが振り返る。
「甘い物は好きかな?」
にっこりと尊に笑いかけてくる笑顔は、テオドシウスの笑顔によく似ていた。




※※※※※※※※※※※※




先ほどの広間よりも小さな……とはいえ、充分に広い部屋に移った尊は優雅なティータイムを過ごしていた。
侍女が運んできたケーキを食べ終わる頃には、気持ちも落ち着いてすっかり緊張も解れていた。
「―――というわけで、気が付くとそこにいたんです」
どうして自分がテオドシウスの元にいたのかという経緯を話した尊は、しゃべり過ぎた喉を潤すために紅茶を飲む。
すかさず控えていたルーファスが空になったカップに紅茶を注いでくれる。
どうして身分の高そうなルーファスが給仕をしているのだろうかと疑問に思いながらも頭を下げた。
尊の正面に座り、熱心に話に耳を傾けていたレオンハルトは真剣な表情で頷いた。
「そうか。ミコトは違う世界から来たんだね。……マチェイ、どうして教えてくれなかったんだ?」
「俺も初耳ですって、陛下。だいたいミコトちゃんと俺が話したのなんて、5分がいいとこですよ」
レオンハルトの隣りには陛下が直々に誘ったマチェイが座っている。
丁寧な口調を使ってはいるものの、彼からも陛下を敬う態度は見えない。
ルーファスといい、マチェイといい、陛下に敬意を払うという習慣がないのだろうかと疑ってしまう。
「『チキュウ』か……。不思議な響きの世界だね」
人間界(エディアール)聖神界(ラウディール)以外にまだ世界があるとはねぇ。でもまあ、ミコトちゃんの髪と服装を見れば納得するしかないか」
「髪?」
「………陛下。ミコトちゃん、女の子だからね」
「えっ!?」
マチェイの言葉を聞いて、レオンハルトは驚きの声を上げる。
持っていたティーカップを慌ててソーサーに置いた。
「だ、だって髪が……っ!」
「だから、チキュウにはそう言う習慣がないんでしょ。っていうか、抱き着いておいて気付かなかったんですか?」
「そりゃ少年にしては小さいし、可愛らしいなとは思ったけど!ルーファス、お前は気付いて―――」
「どう見ても少女でしょう」
「そ、そんなっ」
淡々と告げるルーファスに椅子から立ち上がるレオンハルト。
この従者には主を庇おうというつもりは毛の先ほどもないらしい。
「ミコト、兄様に悪気はないの。先入観だから責めないであげて。ミコトはちゃんと女の子に見えるよ」
「………ん。いいの。カブトムシにも劣るあたしが悪いだけだから」
おかわりのケーキにぐさりとフォークを突き刺し、尊は涙ながらに呟いた。
モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) 2009 yuuka All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-

2style.net