第三章:異世界

モドル | ススム | モクジ

  3.  

忙しなく手と口を動かして、尊は机の上に並べられた料理を次々と平らげていた。
広場から移動した四人と一体と一匹は、近くの食堂へと足を運んでいた。
膝には気絶したままのディア・ガディアスがいて、隣にはテオドシウス。向かいの席には、マーチでその隣にはライが座っている。
足元では、子ダールが平皿に入れてもらったミルクをぺちゃぺちゃと舐めていた。
ネフィーリアに箸という食器は存在しないため、木製のフォークを駆使して尊はひたすら料理を味わう。
運動部所属の上に第二次成長期、真っただ中の尊はひたすらにご飯を食べている。その量は積み上げられた皿を見れば否応無しに分かるだろう。
加えて長いこと食事抜きともなれば、成人男子にも負けない量を食べる。
尊の豪快な食べっぷりに、ライやマーチは勿論のこと同じく空腹で食事をしていたテオドシウスまでもが目を丸くして尊を見つめていた。
虹色に光るあん掛け飯を食べ終えた尊は、漸く周囲の視線に気付く。
慌ててお椀を机に置くと、ご飯粒を口の端につけたまま苦笑いを浮かべた。

「すみません。お腹減ってて、少し我を忘れちゃった」
恥ずかしくなって照れ隠しに頭を掻く。
自分の食事風景は智子から『女を捨てている』と評価されているので、初見の三人はさぞ驚いたことだろう。
「いやいや、あっぱれ。そこまで壮快に食べてもらえると、見てるこっちも気持ち良いよ」
そう言いながら、ご飯粒がついているとジェスチャーで示すマーチに尊はあわあわとナプキンで口を拭う。
それから、斜め前に座るライに申し訳なさそうに視線を向けた。
「あの、こんなに食べちゃってごめんなさい!その………」
「代金のことならば心配しないでください。ミコト様が満足されるまで食べて下さっていいのですよ。そうだ。カリオジの蒸焼きなどは如何ですか?」
「わわっ、もういいですよっ!!」
にこにこと微笑んで更に料理を追加しようとするライを慌てて止める。
まだ腹八分目だが、これ以上は逢ったばかりの人にご馳走して貰うわけにもいかない。
そう、逢ったばかりの人。

「あ゛っ」

尊は漸く、相手は勿論のこと何の自己紹介もしていないことに気が付いた。
空腹と怒涛の展開に、呑気に挨拶をしている暇などなかった。
気付いたからにはちゃんと自己紹介をしなくては。
きちんと居住まいを正すと、尊はマーチとライの二人に頭を下げた。
「ごめんなさい。挨拶が遅れました。あたし、峰岸尊って言います。あ、こっち風に言えばミコト・ミネギシかな。えっと、高校一年生で、年齢は十六歳。特技は六歳から始めた剣道です」
言ってしまってから気が付いたが、高校やら剣道の単語が通じるのだろうか。
けれど、二人はニコニコと微笑んで尊の挨拶を受け入れてくれた。
「ご丁寧にどーもね。俺はマチェイ・ヤールグ。マーチって呼んでねん♪ぴっちぴちの二十七歳。所属は黄昏の騎士団(トゥワイル)だよ」
「ライラーク・フェノンです。皆はライと呼んでいますが、どうぞミコト様が呼びやすいように呼んでください。歳は二十三です。所属はマチェイと同じく黄昏の騎士団(トゥワイル)です」
テンションが対照的な二人の自己紹介を聞き、尊は二人のデータを心に書き留める。
とりあえず、トゥワイルとはなんぞや。
尊が彼らに疑問を盛ったように彼らも尊に疑問を持ったらしい。
マチェイが質問をする生徒のように手をあげる。
「ねー、ミコトちゃん。質問していい?」
「あ、はい。どうぞ」
「まずは一番の疑問。ミコトちゃんって女の子?」
この質問は胸に突き刺さった。
「あはは……疑問符ついちゃうくらい、あたしって性別が謎な奴ですかね?カブトムシにも劣りますかね?」
異世界だからセーラ服が女の子の着る服だとは分からないのかもしれないが、それにしたって外見だけで女の子だと分かってほしい。
すっかり拗ねて机の上にのの字を書いていると、マチェイは否定するようにパタパタと手を振った。
「一見すると間違えるけど、ちゃんと女の子に見えるよ。だけど、罪人にも見えないから戸惑ってるの」
「マチェイ!」
ライラークが厳しい声でマチェイを止める。
『一見すると間違える』も引っかかったが、それよりも引っかかった言葉がある。
「…………罪人?」
どうして女の子なのかという質問が、罪人になってしまうのかが分からない。
首を傾げるミコトにマチェイは困ったように眉を寄せた。
「その顔だとやっぱり知らないみたいね。もしかして、すっごい田舎出身とか?あのね、女の子が肩よりも髪を短くするのは『私は罪を犯しました』って言ってるも同然なんだよ」
「嘘!?」
知りもしないネフィーリアの習慣にギョッとして目を瞠る。
そういえば、男性は長髪の人も短髪の人もいたが、女性で髪の短い人は一人も見なかった。
まさかそんな意味があったとは。
「ミコトちゃんは男の子にも見えるからよかったね。下手すると石投げられたり、町を追い出されたりするから」
先ほどの自分がそんな綱渡り状態だったとは知らなかった。
男の子に見られてよかったと、生まれて初めて思った。
「で、ミコトちゃんって何処から来たの?その服とか名前とか、ちょっと変わってるし。とりあえず、ノルマールの人じゃないよねー?」
マチェイの疑問ももっともだ。
真面目に膝丈なセーラー服ですら、踝までを覆うロングチュニックを着ている女性たちしかいない中では目立ちすぎる。
その上、罪人と言われる髪形をしていれば当然の疑問だろう。
別に異世界から来たことを話すことに戸惑いはない。どうやら、この世界では召喚というものが常識のようなので。
ただ、聖神界(ラウディール)でも人間界(エディアール)でもない『地球』という世界から来たことを相手が信用してくれるかどうかが問題なのだ。

「えーとですねー……」
「バカ女!テメェ、よくも俺様を投げ捨てやがったな!!」

尊が意を決して口を開いた途端、気絶していたディア・ガディアスが復活してテーブルの上に飛び乗ってきた。

「あ、目が覚めたんだね」
「あ、目が覚めたんだね……っじゃ、ねェェエエエっ!!このディア・ガディアス様を投げ捨てるとはいい度胸してんじゃねェか」
わざわざ尊の声色を使ってモノマネをするディア・ガディアス。
しかも似ている。なかなかの芸達者だ。
「ごめんってば!緊急事態だったから仕方ないよ」
「このディア・ガディアス様をクッションにしといてその台詞か!?」
「悪気はなかったんだよぅ……」
ぬいぐるみを前に身を縮める尊に、ライラークとマチェイが驚愕の視線を送る。
「……ぬいぐるみが喋っている?」
「ディア・ガディアスって、『あの』ディア・ガディアス?」
いや、驚愕の視線は動いて喋るぬいぐるみに注がれていた。
「なんだ、コイツら?」
「ライさん、マーチさん、こちらディア・ガディアスことポン太です。ポン太、こちらライラークさんとマチェイさん」
「逆だろ、逆!!ポン太ことディア・ガディアス様だろうが!!」
「………ポン太だってことは認めるの?」
「しまったぁっ!!」
『あの』ディア・ガディアスはだむだむと地団駄を踏んだ後、テオドシウスの突っ込みにハッとして頭を抱えた。
完全に芸人にしか見えなくなっている。
「うーん、話がサッパリ読めないね」
「本当にディア・ガディアスなのか……?」
「ジロジロ見てんじゃねェよ、コルァ!!」
疑いの視線を向ける二人を責めることは出来ないと思う。
たぬきのぬいぐるみ姿もさることながら、ディア・ガディアスの性格自体がうさん臭さを増長させている。
取りあえず、二人にポン太のことを説明しようと口を聞く。
けれど、開いた口から声が出ることはなかった。
外から聞こえた激しい破壊音と切り裂くような悲鳴に先を奪われたからだ。

「何事だ!?」
「只事じゃなさそうだね」
剣の柄に手をかけ、緊張した面持で立ち上がるライラークとマチェイ。
流石は騎士。無駄のない俊敏な動きだ。
「皇子、ミコト様!こちらでお待ちください!!」
言うが早いか、二人とも外へと飛び出してしまう。
「あたしも行きます!!」
「俺様を置いていくんじゃねェ!」
「僕も行くよ」
「くぅー」
木刀を掴んで二人の後を追う尊の肩にディア・ガディアスが飛び乗り、テオドシウスと子ダールが後に続く。
木戸を弾き飛ばすようにして開け、外に出た尊の目に映ったのは悲鳴を上げて逃げ惑う人々の姿。
人が入り乱れるうちに台が倒されたのか、道には踏み潰された商品が散乱している。
あれほど活気に溢れていた市場が、今は恐怖と混乱に支配されていた。
何が起こっているのかが分からず、尊は状況判断をするために辺りを見渡す。
混乱の原因は、どうやら市中で剣を振り回している人間たちにあるようだ。これは流石に間違いない。
布の服を身に纏う人々の中、鎧兜の兵士たちはよく目立つ。そして、あの鎧には見覚えが……。
眉を寄せて考え込んでいた尊は、兵士が地面に倒れている人影に向かって剣を振り降ろそうとした瞬間、我に返った。

「っ!!」

助けようにもこの距離では間に合わない。
握っていた木刀を逆手に握ると、槍投げを真似て投げ付けた。
狙い違わず。尊の投げた木刀は兵士の兜を直撃する。
突然の攻撃に驚いて剣を下ろす兵士。
「すごい、ミコト!」
「まだまだっ!!」
叫ぶと兵士目掛けて突進した。
人々が逃げ惑う中、向かってくる少女に驚いたのか兵士の動きが止まる。
その隙を逃す尊ではない。素早くしゃがむと、兵士の足を掬い上げるように足払いをかけた。
全身鎧のためか、兵士は激しい金属音をたててひっくり返る。
兜を打った衝撃に堪えられなかったのか、そのまま昏倒してしまった。
「やるじゃねェか、テメェ」
尊の肩にしがみついたままのディア・ガディアスが感心したように呟く。
褒め言葉らしきものを言われたのはこれが初めてだが、尊はディア・ガディアスの言葉など聞いていなかった。

「大丈夫ですか!?」
肩から血を流して蹲る女性に、尊は慌てて声を掛ける。
「た、助けて……っ!!」
女性は恐怖に染まった顔で尊の腕を怪我をしていない方の手で掴んだ。
手加減のない力に尊の顔が痛みで歪む。
「落ち着いて!いったい何があった……」
「化物よ!化物が空から降ってきたの!!」
「ばけものぉ?」
「ミコト、上!!」
荒唐無稽な台詞にきょとんとして瞬きをする尊にテオドシウスの警告。
言われるがままに上を向き、目を瞠った。

最初、それは鳥だと思った。白い翼を持つ猛禽類。
猛禽類だと思ったのは、それが鷲によく似た鋭い嘴を持っていたから。
けれど、間違いにはすぐに気付いた。
その鷲のような鳥……いや、生き物には獅子のような哺乳類の胴体がついていたからだ。
モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) 2009 yuuka All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-

2style.net