第三章:異世界

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  2.  

「うわーうわーうわぁー」
「口開いてんぞ、テメェ」
腕に抱き上げているディア・ガディアスの指摘に、尊は慌てて口を閉じる。
改めて目にした異世界というものに、ついつい我を忘れてしまっていた。

森の中を二時間半ほど彷徨い続けた尊たちは、漸く人里に辿り着くことが出来た。
二時間半というのは当てずっぽうではなく、腕時計をもとにした時間なので正確なものだ。
ちなみに時計を見て驚くかと思ったテオドシウスは、小型であることには驚いていたものの普通に時計というものを認識していた。
ディア・ガディアスやテオドシウスの話を聞いて尊が推理したところに因ると、ネフィーリアという世界は地球でいう中世ヨーロッパと同じぐらいの文明を持っているようだ。
そう言えば、街の様子もクライヴが着ていた鎧なんかも歴史の教科書の挿絵に載っていたものによく似ている。
ただ時計に描かれた数字にテオドシウスが興味津々だったので、当然ながら文字文化は全く違うらしい。

「街につけてよかったね、ミコト」
微笑むテオドシウスに尊は興奮の冷めぬ顔で頷く。
森の中でも地球……少なくとも日本にはいない昆虫や鳥などを見たが、こうして文明の利器を見るのは感慨もひとしおだ。
ファンタジーの世界がそのまま登場したかのような町並みには嬉しくすらなってしまう。
「テオはこの街に見覚えはある?」
「見覚えはないけど、僕の国の中なのは間違ないよ。ほら、そこに戦乙女(セラフィム)像があるでしょう」
「セラフィム像?」
テオドシウスが指差す先に目を移し、尊は足を止めた。
そこにあったのは、剣を掲げる女性の像。
短い髪をしていたが、胸の膨らみはどう見ても女性だ。それなのに、何故か鎧を着ている。
一点を睨むような厳しい瞳で見つめていた。
「この像は?」
「僕の国……ノルマールの伝説にあるセラフィム、つまり戦乙女。ノルマールの守り神とも言われていて、国内のどこの街にもあるんだよ」
「へぇー。戦乙女かぁ」
戦乙女というぐらいなのだから、彼女は戦に出るのだろうか。
像を見る限りでは別に大女というわけでもなく、どちらかというと普通の女の人に見えるのだけれど。
テオドシウスに戦乙女(セラフィム)伝説とやらを尋ねようとした尊だが、振り返って視界に広がる光景にそんなことはすっかり頭の外へと飛んでしまった。

「うわわ、馬車が普通に道を走ってる!あの人が連れてる動物、猫みたいだけど猫じゃない!!」
きょろきょろと街の中を見渡して目を輝かせた。
さっきまで帰れないと泣いていたのが嘘のような尊に、ディア・ガディアスは呆れを隠せないのか溜息をつく。
テオドシウスはというと、はしゃぐ尊をやはり笑顔で見守っている。これでは、どちらが保護者なのだか分からない。

街の中を見て回っていた尊は大きな噴水のある広場で足を止めた。
広場にはいくつかの屋台があり、市場をやっているようだ。
八百屋や魚屋の他に、薬屋やアクセサリーの露店などがある。
八百屋や魚屋は特に目を引き、トマトや鯛など見覚えのあるものがあるかと思うと、菱形の野菜や透き通った虹色のヒレの魚など全く見たことのないものが売られていた。
「あの串焼き、美味しそう……」
尊が凝視するのは、美味しそうな匂いを運んでくる串焼きを売っている店。
炙られた肉は網の上でポタポタと肉汁を落としている。
そういえば、こちらの世界に来てから森の中にあった泉で水を飲んだが何も食べていない。
「テオ、お腹減ったよね?」
「うん。お昼ご飯食べてないから………」
ネフィーリアの今の時刻は1時くらい。テオドシウスが太陽の位置から割り出した時間だ。
テオドシウスにとっては昼飯のようだが、尊にとっては遅すぎる夕飯だ。
ケーキはとっくに消化しているから、腹が減るのも自然の摂理である。
(あたしとテオと子ダールと……ポン太は食べるのかな?まぁ、四人分くらいなら足りるよね)
財布を取り出そうとしていた尊は、そのまま動きを止める。
財布の入った鞄はあの石作りの建物の中だった。
「テオ、お金って持ってる?」
「持ってないよ。部屋にいたから、必要もなかったし………」
確かに自分の部屋にいてお金を持つのは変だ。
しかし、テオドシウスもお金を持っていないとなると困る。
自分の腹が切ないのは我慢出来るが、テオドシウスを飢えさせるのは我慢ならない。

考え込んでいる尊の耳に人のざわめきが届く。尊は考えを中断して何事かと顔を上げた。
深い朱色のマントを羽織り甲冑を身につけた男が二人、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。
オカルト集団とは違い、仮面を被っていないので顔も分かる。
一人は空の色に近い青い髪をした男で、もう一人は金髪……というよりは蒲公英色の男だ。
遠目なのではっきりと顔は分からないが、なんともファンタジーな髪の色である。
「どうして、黄昏の騎士団(トゥワイル)がこんなところに………」
「この時期に皇都を離れてどうしたんだ?」
周囲の人々の会話を拾い、彼らがトゥワイルと言う人たちでこの地には縁のない人物なのだと知る。
偉い人たちならば、テオドシウスが誘拐されたことを相談すれば助けになってくれるだろうか。
話し掛けてみようかと二人組に身体を向けた瞬間、二人組がこちらを見て顔色を変えた。
「えっ!?」
まだ何もしていないはずだ。
セーラー服を着ているのでこの中世風の世界では目を引く存在かもしれないが、だからってそこまで驚愕の表情を浮かべる必要はないだろう。
ちゃんと森の中で見つけた泉に立ち寄って、血も洗い流したから変なところはないはずだ。
よく見ると、二人が見つめているのは尊ではなくテオドシウス。
尊の脳裏に、先程のオカルト集団とのやり取りが思い浮かぶ。
「ポン太、ちょっとごめん」
「うをっ!?」
言うが早いか、尊は両手を空にするために抱いていたディア・ガディアスを投げた。
ディア・ガディアスの落下を見届けずにテオドシウスを背後に庇うと、木刀を構えて男たちを睨み付ける。
「貴様、何者だ!?」
「それはこっちの台詞だよ!あなたたち、クライヴさんの仲間なの!?」
腰に差した剣に手を掛ける青髪の男に、尊は威嚇のために木刀を突きつける。
まだ鞘から抜いていないだけ、オカルト集団よりはこの人の方が理性的とも言えるか。
「おや、まあ。威勢のいい子じゃないの」
蒲公英髪の男がニヤニヤと笑いながら尊を見下ろす。
こちらの方が青髪より年上のようで余裕綽々な態度だ。
1対2の上に木刀と剣では分が悪い。
こうなれば先手必勝。さっさと一人潰して、もう一人の相手をしなければ―――!

「ライ!マーチ!?」
青髪の男を狙って木刀を引いた途端に、背後から聞こえた声。

「え……?」
どう考えても目の前にいる二人の名を呼んでいると思われるテオドシウスの反応に、尊は目を見開いて木刀を降ろした。
「………まさか、知り合い?」
確認しようとテオドシウスを振り返り、
「テオドシウス皇子!」
尊は青髪の男に突き飛ばされた。
「きゃんっ」
「うぎゃっ!」
地面の上に勢い良く投げ出される身体。
先程投げて下にいたディア・ガディアスがたまたまクッションになり、怪我を回避することが出来た。
「あたた………」
痛む身体を起こしながらテオドシウスへと顔を向けると、
「皇子!よくぞ、ご無事で………」
青髪の男に抱き締められているテオドシウスの姿があった。
いい大人が地面に膝をつき、子供を抱き締める光景に尊は目を点にする。
切羽詰まった様子の男とは対照的に、蒲公英髪の男は安堵したような笑みを浮かべてテオドシウスの髪を撫でた。
「なんもされなかった、坊ちゃん?」
「うん。大丈夫だよ、マーチ。僕は元気だからライも落ち着こう」
ライと呼んだ青髪の男の背中を慰めるように優しく叩くテオドシウスは、本当に人間が出来ている子供だ。
いや、その前に………。
「あの、テオ。その人たちはお知り合いなの?あと、テオが………」
『皇子様ってどういうこと?』

尋ねようとした尊の首筋に
「―――っ!?」
剣の切っ先が突き付けられていた。

「貴様か。テオドシウス皇子を勾引したのは………」
怒りを押し殺した低い声音でライが尊を睨み付ける。
それこそ、視線だけでも殺されてしまうのではないかと思うほどの殺気を込めて。
「う、あ………」
尊の額から滝のよな冷汗が流れ落ちる。
いくらライに意識を向けていなかったとはいえ、抜刀がまったく見えなかったのだ。
動けば………いや、口を開いた瞬間に殺されてしまう。
「目的はなんだ。言わねば斬る」
そう言われても殺気立った男に、喉元に剣を突き付けられてまで話が出来るほど女子高生の根性は据わっていない。
完全に硬直してしまった尊を救ったのはテオドシウスだった。
「やめて、ライ!ミコトは僕を助けてくれたんだよ!!」
飛び付くようにライの腕にしがみつくと、尊の無実を必死で言い募る。
「助けた……?」
テオドシウスの言葉に困惑を示し、ライはすぐに尊の首に突き付けていた剣を下げる。
テオドシウスはホッと息を吐き出すと、ライの腕を引いて自分の方を向かせる。
「僕を攫ったのはミコトじゃないんだ。黒い仮面の人たちで………」

ライに起こったことを説明するテオドシウスを横目で見ながら首を押さえる。
テオドシウスがすぐに止めてくれなければ死んでいたかもしれない。
普通の女子高生にはハードルが高すぎる。
尊はよたよたと力なく二、三歩下がり、壁に背中をぶつける。
しかし、両肩を掴まれて、ぶつかったのが壁ではないと理解した。
「えっ?」
顔を向けるとマーチと呼ばれていた蒲公英髪の男が尊の身体を支えていた。
「大丈夫ー?ごめんね。うちの相棒、手が早くて」
毒気のない笑顔を浮かべて、まるで恐怖を解すようにミコトの肩を揉むマーチ。
この人は、ライのように行き成り斬りかかってはこなさそうだ。
「は、はい。大丈夫です。その……少しびっくりしたけど」
「だよねー。いつもは女の子に剣を向けるようなヤツじゃないんだけど、大事なテオドシウス皇子が誘拐されたもんだからパニクっちゃったみたい」
「皇子……」
この人もテオドシウスのことを皇子と言った。
流石にもう聞き間違いで済ますことは出来ないようだ。
皇子と言うと、お伽話には必ずと言っていいほど出てくるあの皇子様のことだろうか。
カボチャパンツと王冠を身に着けているのが皇子だと思っていたが、最近の皇子はどうやら違うらしい。
一体、何がどうなっているのやら。
ぐるぐると色んな思いが頭を巡り、頭が痛くなってきた。ついでに空腹も限界だ。

「ミコト様!!」

名前を大音量で、しかも生まれて初めて様付けで呼ばれた。
目の前で、自分より頭一つ分背の高い男が深々と頭を下げている。
「ミコト様、先程は失礼致しました!テオドシウス皇子の命を救って下さった方に刃を向けるなど……っ」
「ちょっ、頭を上げてください!いきなり木刀を向けちゃったあたしが悪いですし………」
大人の男に頭を下げられるなど居心地が悪い以外の何物でもない。
バタバタと手を振るが、ライは頭を上げてくれない。
街の人の注目も浴びているとくれば、早くこの場から去りたい気持ちで一杯だ。
「私に何でもお命じ下さい。お詫びなどと言うのもおこがましいですが、せめてもの償いをさせて下さい」
言うことがいちいち大袈裟だが、本当に先程のことを悔いているらしい。
悪い人ではないのは分かったが対応には充分困る。
「償いなんてオーバーな……。あたし、怪我一つしてないのに」
怪我をしたのはポン太だし。
そろりとディア・ガディアスに視線を移すと、未だ地面に倒れている。
「いいじゃん、ミコトちゃん。折角だから、何でもお願いしちゃいなよ」
そう言って、マーチが尊の頭をクシャクシャと撫でる。
尊は困り切った表情で、マーチを見上げる。

「いや、何でもって言われても………」
「ミコト様が望むのなら、この命を絶つことも致します」
「それはいいです!っていうか、絶対にやめて!!」

何処まで真剣なのだろうか、この人は。恐らく全て真剣なのだろう。
何か頼まないと穏便に済ますことが出来なさそうだ。
適当に誤魔化して、腹を掻っ捌かれた日には心の底から困る。
何か、何かお願い事を………。
そして、尊は今一番の願いを思い出した。

「あのっ………ご、ご飯をおごってくださいっ!!」
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