第二章 最悪な目覚め

モドル | ススム | モクジ

  5.  

全員が見事なまでに凍り付いている。
尊にはディア・ガディアスが何者なのかは分からない。それでも、スゴイ人なのだろうとは思っていた。
そのスゴイ人がポン太の姿で慌てふためいている………。何かもう、こっちもどうしようって感じだ。
「誰だよ!?こんな媒体を用意したヤツは!ナメてんのか、コルァッ!!」
チンピラのような台詞を吐きながら、だむだむと石畳の上で地団駄を踏む。
先程までの威厳のある口調はどこへやら。こちらが地だったらしい、ディア・ガディアス。

「どう……なってるの………?」
ぽかんと阿呆のように口が開いてしまう。
さっきから、予想もつかないことばかりが起こった。
しかし、それでも生きていれば宝くじの一等に当選しそうな確率………つまり、可能性はかなり低いが、『オカルト集団に拉致されて殺されかけた』と、有り得そうなことではあった。
けれど、これは。これだけは。
「有り得ない………」
ぬいぐるみであるポン太が歩いて喋るなど、常識どころか現実離れしている。
ポン太が動いて喋ってくれればいいとは思ったけれど、それは幼い時の願望であって………。
どう考えても、この状況は常軌を逸している。
やはりこれは死後の世界なのだろうか。死後の世界で殺されかけるなど洒落にもならないが。

「ポン太………?」
緊張のせいで掠れた声しか出ない。
けれども、尊の呟くような呼び掛けにディア・ガディアスは振り向く。
それは尊の良く知るポン太の姿をして、尊の知らない男の声で喋った。
「テメェか!この器物に命を吹き込んだヤツは!?」
「ひゃっ!!」
行き成りディア・ガディアスに怒鳴りつけられ、尊は肝を潰されて後ろへと下がった。
「余計なことしやがって!心があれば、人だろうが器物だろうが俺の媒体になっちまうんだよ!!」
プラスチックの瞳の剣呑な視線に晒された尊は、眉をハの字にしてディア・ガディアスの言葉を聞く。
というか、聞くことしか出来ない。何か反論できるような余裕がいったいどこにあるというのか。
ポン太が喋って動くだけでも訳が分からない事態なのに、更に怒鳴られるとはどういうことだ。
出来ることなら、この場からテオドシウスを連れて逃げ出したかった。
「こんなふざけた躯は俺の人生で初めてだっつーの!しかも、胸糞悪くなるような記憶ばっか集めやがって……………っ!?」
尊にとって意味不明な文句を言い続けていたディア・ガディアスの言葉が不意に止まった。
怪訝に思いながらも、尊に出来るのはディア・ガディアスの出方を待つことだけだ。
「テメェ………」
「は、はいっ?」
「テメェ、『外』から来やがったのか?」
「外?あ、うん。そうだと思うけど………」
トラックに轢かれて気が付けば此処に居たのだから詳しいことは分からないが、だが尊がこの場所の外から来たことは間違いない。
「めんどくせェことになってやがんな………。おい、召喚主は誰だ!?さっさと契約済ませんぞ!!」
「私が召喚主だっ」
踏ん反り返るディア・ガディアスに、階段の下から慌てて布男が反応した。
事態がよく呑み込めていない尊は、布男とディア・ガディアスを黙って見つめるしかない。
「しかし、貴様は本当にディア・ガディアスなのか?」
「このアホみてェな躯を用意したのはテメェらだろうが!!文句あるなら帰るぞ、俺は!!」
聖神界(ラウディール)に住む者の中には、高位の聖神(ラウル)の名を語り契約するものも少なくないと聞く」
布男の話を聞き、尊は不思議そうに首を傾げる。
(ラウディール?ラウル?)
まったく聞いたことのない言葉だが、オカルトな世界では有名なのだろうか。
尊が知っているのは、せいぜいサタンやデビルぐらいだ。ちなみに、その二つの違いも良く分からない。
「貴様がディア・ガディアスならば、証拠を見せてほしい」
「ハッ!人間如きが大きく出やがったな。まあ、俺の名を語る雑魚共が多いのは確かだ。めんどくせェが証拠を見せてやるよ」
揶揄するような口調で言い、ディア・ガディアスが器用にしゃがみ石畳に片手を当てると石畳が鮮やかな赤に光り始める。
テオドシウスが寝かされていた魔方陣とは、また違う模様の魔方陣が自分の足下まで浮かび上がり、尊は慌てて足を退かして後ろに下がった。

「ケセラ・サルマ・オルディーオ・レントス」

周囲の空気が脈動する。
武道をやっている者の勘か、ここに来てから研ぎ澄まされた本能か。
尊にはディア・ガディアスが呟いているのが、ただの『言葉』ではないことが分かった。
それは………『呪文』。
「リア・ファルトム・セルノ」
空気が魔方陣へと凝縮され、何かを生み出そうとしている。
(何だっけあれ、ファンタジー小説にあった……魔法………?)
遥か昔に読んだ小説の内容を思い出そうとする尊の額を冷汗が流れる。
「出でよ!ダール!!」
呪文を唱え終わったポン太に、全員が魔方陣を見つめて息を呑む。

ポン。
耳に届いたのは、ワインのコルクを抜くような随分と間の抜けた音。

『きゅーきゅー』

赤い煙に包まれた魔方陣からは、可愛らしい動物の鳴き声が聞こえてくる。
煙の中から出てきたのは、まだ歩みも覚束無い生後一月くらいの赤毛の子犬。犬種を例えるとするならば、ペキニーズだろうか。
まっすぐな毛で全身が覆われていて、獅子を思わせるたてがみが首から肩の辺りまで広がっている。
ただ頭に角が生えているのが、普通の犬とは違うところだ。
子犬(?)は尊に向かってくると、座り込んだままの尊の足にすりすりと身を寄せた。
「………わんこ?」
聖神界(ラウディール)の炎から生まれるダール……の赤ちゃんだね」
目を丸くして子犬(?)を見つめる尊にテオドシウスが説明してくれるが、疑問が解けることはなかった。
「ちょ、オイ!?なんで、こんなチビのダールが出てくんだよ!俺様が呼び出したんだぞ!?」
固まる四人に対し、ディア・ガディアスだけが地団駄を踏んでいる。
そんなに激しく動いて、ほつれたところから綿が出ないか心配だ。
召喚(リアース)に失敗したのか?」
クライヴの呟きを耳にしながら、尊は身をすり寄せるダールの赤ちゃん………子ダールを抱き上げてみた。
5cmくらいの白い角さえなければ、どこから見ても完璧な子犬だ。
子ダールは尻尾を振って尊の顎を舐める。ドリルのような角が尊の頬に突き刺さり、ちょっと痛い。
「………えーっと」
子ダールを抱き上げたまま、尊は戸惑いがちにディア・ガディアスへ視線を戻した。
「なんで魔力がここまで落ちてんだよ………」
ディア・ガディアスはわなわなと震えて呆然と呟いている。
尊にはよく事態は呑み込めていないが、この子ダールはディア・ガディアスか召喚したらしい。
召喚など信じられない話だが、目の前で二度も見てしまうと信じるしかない。

「馬鹿な……。これがあの最強と謳われたディア・ガディアスなのか!?」
下から聞こえた声に振り返ると、布男もディア・ガディアスと同じようにわなわなと震えていた。
無から子ダールを出すだけでもすごいと思うが、二人の反応を見ると証拠とやらは失敗らしい。
布男は証拠を見せることに失敗したディア・ガディアスではなく何故か尊を睥睨した。
「クライヴ!そいつを捕らえろ!!」
「はいぃ!?」
召喚(リアース)の失敗にはその女が関係ある筈だ!原因を調べて儀式をやり直すから、媒体もソレも捕らえとけ!!」
「誰がソレじゃあ!?」
ソレ呼ばわりが気に入らなかったらしく再び地団駄踏んで怒鳴るディア・ガディアス。
すでに登場時の威厳は塵に等しい。
「そういう訳だ」
溜息混じりに呟いて、クライヴが剣を抜く。
「あの、クライヴさん………余計なお世話かもしれませんが、上司に恵まれてないなら人材派遣がお勧めかと」
「ジンザイハケンが何かは知らんが心配されるほどではない。俺もそれなりに楽しんでいる」
「それは余計なお世話でした。試合って意味でなら、あたしもクライヴさんと戦いたい」
尊は足元に落ちている愛用の木刀を拾って立ち上がる。
高校の入学祝いに敬史がプレゼントしてくれたもの。
色気のあるものを寄越せと怒ると、お前には一番似合っていると笑われた。
ギュッと木刀の柄を握り締める。

「だけど、殺し合いならお断りします。あたしの力は人を傷付けるためじゃなくて、人を守るためにあるから」

敬史が教えてくれたことを殺し合いなんかには使わない。
教わったのは守ること。
でも、今の尊には守りきるだけの力がない。
だから………。

「逃げるよ!!」
今は、守らなければいけない相手が最優先。
ディア・ガディアスを掴んで子ダールと一緒に胸に抱き、空いた手でテオドシウスと手を繋ぐ。
「離せ、テメっ………ぐぎゃ!!」
暴れるディア・ガディアスは子ダールが頭から咥えて黙らせてくれた。
クライヴの脇をすり抜けて階段を降りようと足を階段に下ろす。
瞬間、一段下から伸びてきた手が尊の足を掴んだ。
「ひゃっ!?」
突然のことにバランスを崩す尊。
なんとドミノ倒しにより気を失っていたとばかり思っていた兵士の一人が、がっちりと尊の足を掴んでいたのだ。昇進間違いなしのガッツである。
尊のバランスが崩れる。
「嘘……っ」
足を掴んでいた兵士は巻き添えになると思ったのか、痣になりそうなほど強く握っていた手をあっさりと離してしまった。
それにより、一層バランスが崩れるのが早くなる。階段に向かってゆっくり降下していく身体。
「や、落ちる!?」
「ミコト!!」
テオドシウスが尊の腕を引っ張るが、少年の力で体勢を崩した年上の少女を引き上げるのはとても無理だ。
テオドシウスも一緒に引き摺られてしまう。
「おい!!」
階段から落ちて行く中、クライヴがこちらに駆け寄るのが見えた。
わざわざ剣を渡したり、魔方陣から距離を置かせてくれたりなど、なんだかんだで実はいい人だったのかもしれないクライヴ。
しかし………さすがに今回は間に合わない。

「きゃあああぁぁぁぁっ!!」

テオドシウスやポン太たちを庇うように抱き締めながら、喉も裂けよとばかりの悲鳴を上げる。
時を同じくして、胸に抱いたディア・ガディアスが勢い良く輝き始めた。
まるで尊の悲鳴に呼応するかのように、あらかじめ決められていたかのようなタイミングで。

「なんだ!?急に魔力が………っ」

さっきの魔方陣と同じように辺りが光に占拠される。
あまりの眩しさに目の前が真っ白になり、尊は目を閉じた。
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