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ススム | モクジ

  序章  

闇が支配した新月の夜。
20mを超える巨木の太い枝の上に、一人の男が幹に背を預けて眠っていた。
不吉なまでに紅い髪はあまりに深く、闇に溶けている。
星の煌めきだけが男を見下ろし、静寂が空間を支配する。

「―――やっほー、久しぶり。相変わらず暇そうだね」

不意に静寂が破られ、男は忌々しそうに瞼を開けた。
金色の双眸が映すのは、淡い蒼眼と髪を持つ美麗な青年。
人形のように整った美貌にも目を瞠るものがあるが、それはさしたる問題ではない。
青年はひらひらと親しげに手を振りながら、()()()()()いたのだ。
けれど、紅髪の男は大して驚いた様子もなく、片眉を上げて青年に答えた。
「んだよ、フェンネル。テメェ、もう帰ってたのかァ?」
フェンネルと呼ばれた青年は、美麗な顔に満面の笑みを浮かべて頷く。
「うん。今回は、召喚主より上の王位継承権を持つ者を全滅させる。とまあ、在来たり且つ、楽チンなお仕事だったから」
「そりゃ、随分と楽な仕事だ。リミアのヤツみてェに恋を成就させるよりはな」
「ねー。人の心を操作するより、恋敵をみんな殺しちゃう方が楽だよね」
皮肉った口調の男に対し、フェンネルは口の端を上げる。美しい……けれど、酷薄にも見える笑み。
男はすぐに何かを感じ取り、目を半眼にして口を開いた。
「………テメェ、また召喚主を殺しやがったな」
疑問ではなく断定する男に、フェンネルは悪戯がバレた子供のようにペロリと舌を出した。
「えへへー。バレた?あんまり偉そうなこと言うから、ついね」
困った振りをして頭を掻く姿からは、罪悪感の欠片も見えない。
さばけたフェンネルの物言いに、男は呆れて鼻を鳴らす。
「つい、で何回目だ。そのうち、召喚(リアース)されなくなるんじゃねェか」
「キミみたいに?」

淡い蒼眼に覗き込むように見つめられ、男は居心地悪くなったのか目を逸らした。
男が目を逸らしたことに、フェンネルの笑みが更に深くなる。
それは喩えるならば、出来の悪い弟をからかう兄のような表情(かお)

「キミが召喚(リアース)されなくなって、何百年経ったかな?」
「知るかよ」
「あ、そうそう。三百五十飛んで七年だ」
「………最初っから、分かってて聞いてんだろ!」
「えへへ〜、もちろん」
悪気がなく答えるフェンネルに、綺麗な青筋が男の額に浮いた。
もちろん、フェンネルがそれを気にした様子は全くない。
「三百五十七年も人間界(エディアール)にいけないと暇でしょ」
「あ゛?」
人間(エアル)ってさ、何百年何千年経っても、愚かなままだよね。どんな時だって、自分の利益しか考えてないし」
「だから、俺は人間(エアル)が嫌いだって言ってるだろ」
「でも、だからこそ聖神(ラウル)であるボク達にも予想を出来ないことをする。馬鹿みたいな理由で己の全てを懸けてしまう」
フェンネルの言葉を、男は眉を寄せて難しい顔をして黙ったまま聞いている。
「一途なまでに愚かなんだよね。でも、そこが可愛くて愛しい。だから、なんだかんだでボクは人間(エアル)が好き」
語尾にはぁとでも付きそうな声でフェンネルは言い切る。そこには嘘もからかいもない。
つまらなそうな顔を作っていた男は、独り言のようにフェンネルに同意した。
「………暇つぶしにはなるんじゃねェの」
「またまたぁ〜。キミだって、人間(エアル)が好きなくせに」
「嫌いだって言ってんだろーが!!」
「照れなくてもいいんだよ」
「照れてねェよ!?」
ぎゃあぎゃあと辺りに響く声で叫ぶ二人。
いや、叫んでいるのは一方的に紅髪の男だけだ。フェンネルは飄々とした態度を崩していない。
怒鳴り続ける男を見つめ、意地悪そうに目を細めた。

「それじゃあ、どうしてキミは『あの子』のために誓約を破ったの?」

フェンネルの質問に男の眉が寄る。
怒りとも哀しみともつかない複雑な表情を浮かべるが、それは一瞬のこと。

「知らねェよ」

男の表情が無に変わる。無理やり感情を心の奥に飲み下したのだ。
男は気付かない。感情を押し殺すということは、逆にその出来事に心を奪われているということを。

「そんなことより、テメェは―――」

言いかけた男の身体が光に包まれる。
外側からではなく内側(なか)から迸る閃光に、男は目を見開いて身体をばねのように起こした。

「なっ!?これは………っ」
召喚リアースだね〜」
驚倒して辺りを見回す男とは対照的に、フェンネルはのんびりと呟く。
彼のいい加減な態度に切れた男が怒鳴りつけようとした瞬間。

男の姿が消えた。

フェンネルの目の前から。
座っていたはずの枝の上から男が綺麗さっぱりと消えてしまったのだ。

「良かったね、ガディアス。三百五十飛んで七年振りの人間界(エディアール)からの呼び出しだ。せいぜい楽しんできてね。お土産話、うきうきして待ってるから」

くすくすと笑い声を溢して、フェンネルの姿も闇へと溶けた。
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