巡り


「お疲れ様でした」

図書委員会の集まりから解放されたときには、もう日が傾き始めていた。今から何をするにも中途半端な時刻だし、地味な仕事だが長時間続いた機械的な作業に身体も疲れ切っていた。結果、今から夕飯でも食べようとは同学年の雷蔵を始め、他の図書委員たちと食堂に向かうことにした。

「晩ご飯何かな〜」
「良い秋刀魚が手に入ったって食堂のおばちゃんが言ってましたよ」
「じゃあ今日は秋刀魚かな?情報感謝するきり丸殿」
「お役に立てて光栄っす殿」
「…また変なこと始めて」

自分の横で笑いながら会話するときり丸に雷蔵がぽつりと零すと、それが聞こえたが良いじゃないと更に笑みを深めた。その時だった。

「いけいけどんどーん!」

聞き慣れた台詞が後方から聞こえた、と思ったときにはすでにその人物は風を起こして雷蔵たちの目の前にいた。

「お、図書委員じゃないか。仕事は終わったのか」
「はい、ついさっき」
「そうか、ご苦労だったな」

体育委員会委員長七松小平太と雷蔵がそんなやり取りをしていると、がぼそぼそと口を開いた。

「……七松先輩」
「どうかしたのか?」
「どうかしたのか?じゃないです。首、痛いし若干苦し い、のですが…」
「そうなのか?」
「見る限り辛そうですね…」

小平太により無理やり頭を横90度倒されているが抗議の声を上げた。隣りにいた雷蔵の助言もあってか、小平太はどこか納得いかないような表情をしたがしぶしぶの頭から手を退けた。

「いつもいきなり頭倒すのは止めてくださいって言ってるじゃないですか」
「そうか?まあすまない!」
「……まあ、って」
「私の委員のやつらは何も言わないぞ」
「言えないの間違いじゃ」

とは流石に先輩に言えないし、他の委員会にまで口出しする気はないのでは最後の言葉を飲み込んだ。

「なんだ、あれは首が痛いのか」
「まあ。それに喋りにくいです」
「そうなのか」

そう言って小平太は口を閉じ、を見下ろしたかと思えば急に辺りを見回し始めた。どうしたのかと見守るなかふらふらしていた視線は結局で落ち着いた。

「どうかしました?」
「今度は私の首が痛い」
「……身長差がありますからね」
「そうか」

6年と5年という歳の関係もあるが、何より男女の成長差が明らかに出ていた。しかも、は他のくのタマや同年代の女性と比べると背が低いのだ。そんなの返答が少し遅れたのに気付いた図書委員の面々は、このままでは彼女の地雷を踏み兼ねない、と察知し話題を逸らそうと声を掛けた。しかし、生憎体育委員長の暴君に声は届かず、彼はさらっと地雷を踏むのであった。

小さいな」
「…悪か……ッてえ、ええ?!七松先輩!」
「なんだ?」
「なんだ、じゃないですって!」

言い返す間もなく小平太に赤子のように軽々と抱え上げられたは怒りを忘れ顔を赤くした。下級生たちも呆気にとられているようで、目を丸くしてポカンとこちらを見ているのには気付いた。

「先輩、降ろしてくださいっ!」
「なぜだ?こうすれば首も痛くないだろ?」
「うっ……」

確かにそうなのだが、これは首が痛い痛くないの問題ではない。もし今の状況が級友の鉢屋三郎にでも知られたら「七松先輩に高い高いされたんだっな?」とニヤニヤ笑いながらからかわれるのが目に見えていた。小平太に降ろしてと頼んだところで素直に受け入れられるわけではないので、は周囲に助けを求めた。

「らいぞ!なんとかしてよ」
「なんだ、不破は私の邪魔するのか?」
「邪魔ってなんですか。雷蔵助けて…!」
「……」

助けを求めてみたが、なぜか今雷蔵の迷い癖が発揮されてしまい、彼はぴたりと固まってしまった。と小平太の間を見つめたまま動かなくなった雷蔵に唖然としては口を開けた。しかし、早く降ろしてもらわねば困るので他に助けを求めることにした。

「だ、だれか助けて」

辺りを見回すと、図書委員だけでなく体育委員の面々も見えた。装束がだいぶ汚れているから今日も派手に動いたのだろう。様々な色が見える中、まだ馴染深い茄紺色の装束姿を捉えたは彼に声を掛けた。自分より小平太とよくいるし、同じ体育委員なら何とかしてくれるだろう、そう思ったからだ。

「平くん!」
「あ、はい。どうしたんで…っ?!」

の呼び掛けに反応した滝夜叉丸は声がする方にやって来たが、声の主の姿を捉えるなり制止してしまった。

「君んとこの先輩を説得して!」
「あー、あー」

視線を右へ左へと忙しなく動かしたかと思うと、滝夜叉丸は軽く頭を下げた。がもしやと悟ったときには時すでに遅し。滝夜叉丸は「三之助がいないので探して来ます!」とに背を向けていた。

「こ、こらー!つるぺたいら逃げるなー!」

普段ならつるぺたいらと呼ぶと必ず訂正しに来るのだが、今日は何度呼んでも茄紺色の装束は遠ざかる一方であった。また見捨てられたと肩を落としたくなったがそうもいかず、次に視界に入った小さな彼に助けを求めようとした。

「金吾くん……って何でもう諦め顔なの」

きり丸と顔を見合わせ肩を竦めるその姿は歳以上に見える。おまけにきり丸が「諦めた方が良いっすよ」と目で言うものだからは本気で諦めるしかないのかと肩を落としたときだった。

「あ、」

視界に青い装束を着た小さな人物が入った。最後の頼みの綱だ、はその人物に声を掛けた。

「しろべ、この先輩をなんとかして?」
「この先輩とは何だ」

そう言いつつも絶えず笑顔な小平太にトコトコと近付いて来た四郎兵衞はと小平太を交互に見てはあたふたしていた。なんとか助けてもらいたいは四郎兵衛にじっと視線を送って口を開いた。

「おねがい」
「……!」

の願いが届いたのか、四郎兵衛はこくりと頷いた。そして小平太と向き合うとより幾分低い背で小平太を見上げた。

「ん?どうした四郎兵衛」

声を掛けられ一瞬怯んだように見えたが、四郎兵衛は小平太に向かって拳を突き出した。突然の出来事に一同目を丸くするが、腹部に打撃を食らった当の本人は妙にニコニコしていた。

「よくやったな四郎兵衛!」
「え、」

思いも寄らぬ事態に先程まで石のように固まっていた雷蔵がはっとしたように目を覚ました。唖然とする傍観者たちを余所に、小平太は片腕でひょいっとを俵担ぎにすると、もう一方の手で四郎兵衛の頭をぽんぽんと叩いた。

「何なんだこりゃ」
「さあ……あ!」

ぽつりと呟くきり丸の横にいた金吾が何か思い出したように手のひらを打った。どうしたのかと雷蔵が尋ねると、金吾は先程まで体育委員は小平太に一発食らわすという遊びをしていたのだと告げた。ちなみに小平太は誰からも攻撃を受けていなかったと言う。

「まだ続いてたんだ…」
「それより、それって遊びなのかな……」
「怪士丸、考えるな」
「…ぼそぼそ…」

何とも言えない表情でじっと小平太を見つめていた怪士丸と九作だが、突如背後から聞こえた声と気配にびくりと反応した。振り返ると、図書室の鍵を閉め終えた長次がそこにいた。

「「中在家先輩!」」

ぼそぼそと喋る長次の声を聞き取ろうと雷蔵が耳を澄まし、長次が何を言っているのか聞こうと下級生は雷蔵を目を向けた。長次の言葉にふむふむと頷く雷蔵の表情が急に固まった。

!」
「…あ!!」

雷蔵の声に一同は同時に反応した。忘れてた、と慌ててに駆け寄ると、小平太に抱えられていた彼女は手で顔を覆って死んだように動かなかった。

「……?」
「馬鹿!」

再度雷蔵が声を掛けるとは勢いよく顔を上げると雷蔵をキッと睨み付けた。かなりご機嫌斜めのようだった。

「ばかばかばかばかばか」

いつまで放って置く気よ、とは怒気を含んだ声で言った。委員会の集まり後とはいえ体力が有り余る小平太から逃げ出すのはやはり困難らしく、はすでに観念したのか静かに担がれたままであった。

「わはは、抜け出したいなら抜け出せば良いではないか!」
「……にゃろう」
…」

相手は先輩だよと雷蔵が諫めてみるが効果はなく、は小平太を睨み、小平太は非常に愉快といった様子で笑っていた。もはやを助け出すのは極めて困難だと雷蔵が諦めかけたときだった。

「あ、」
「長次!!」

咎めるような小平太の声が上がったのとふわりとの身体が浮いたのはほぼ同時だった。小平太が驚いた表情でこちらを見ているのを正面から見、はにやりと笑った。小平太から離れた身体は久方振りに地を踏み締めた。

「長次先輩ありがとうございます!」

満面の笑みを浮かべ頭を下げるに小平太は子供のように頬を膨らませた。

「長次、なぜ私の邪魔をする」
「……嫌がっていた」
「それは何か間違いだ」
「……」
「私は可愛い後輩たちと遊んでいただけだ!」

堂々と言い張る小平太にはがくりと肩を落した。一方、小平太は自分の周りにいる面々を見渡しニカッと笑った。その笑みに一同は何か悟る。あ、この展開は

「バレーでもするか!」
「「「!?」」」

突如矛先を向けられた雷蔵たちはしまったと身体を震わせた。一方、標的が増えたと喜ぶは唯一自分を助けようとしてくれた四郎兵衛の元へ駆け寄りその小さな身体を抱き締めた。

「しろべ、ありがとね!」
「い、いえ」
「次はわたしが助けるから」

その言葉に何のことかと首を傾げたが、すぐに理解した。四郎兵衛が背後に気配を感じたときにはすでにに抱えられて前方に大きく跳んでいた。

「お、なかなか良い動きをするではないか!よし、私とバレーをしよう」
「ありがとうございます。でもバレーは結構です」

は強気にそう言ってにこりと笑った。四郎兵衛がどうするのかと窺っていると、はどこからともなく丸い物を取り出し、じっとこちらを窺っていた雷蔵たち向かって勢いよくそれを投げた。

「パス!」
「お、不破!レシーブだ!」
「えぇ!?」

小平太の頭上を超えて行くそれが宝禄火矢だと四郎兵衛が気付いたときにははニヤリと口端を上げていた。抱えていた四郎兵衛を下ろし、慌ただしくなった人の群れに背を向けて、顔だけ四郎兵衛に向けた。

「さ、ご飯でも食べに行こっか」

の今日一番の眩しい笑顔に、四郎兵衛はただ頷くことしか出来なかった。

巡る今日

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