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||||エリート理論


「支配階級」と「エリート」
マルクス主義では、「支配階級」とは生産手段を所有し生産物を専有して、しかも、そこから派生する物質的利害対立に基づく敵対的矛盾の下に、被支配階級を支配するために国家権力を掌握する階級である。

また、階層理論のいう「支配階級」とは、統計的に分類された上位集団を指し、富、権力、威信、文化などの社会的価値配分のピラミッドにおいて優越的な階層を指す。
 「エリート」は、社会において優越的な地位を占める少数者を指すが、社会科学の文脈では、マルクス主義と階層理論の「支配階級」とは異なり、「エリートと大衆」という対概念として用いられる。
「エリート」の優越の根拠は社会的資源の独占、意思決定機能の独占、少数者の属性など、理論によって異なる。
その地位が権力に依拠する場合が「パワー・エリート」(政治エリート)である。

資本制と科学技術の発達によって、市民社会の「公衆」は二極分解し、一方では、政府、政党、軍部、企業、労働組合、「情報産業」、少数の意志決定者、管理者層、テクノラシーを、他方では「自由からの逃走」に動機づけられた「孤独な群衆」を生んだ。

 パレート、モスカ、ミヘルス等の古典的なエリート理論は、この大衆社会化の進行とともに、マルクス主義の階級理論に対抗しつつ登場した。

エリート理論は、概ね次のような仮説や前提から構成されている。

@民主制であれ独裁制であれ、政治社会には常に小数の支配層と多数の大衆が存在し、この「エリート-大衆」の支配構造は変わらない。
ミヘルスのいう「寡頭制の鉄則」はその極端な定式である。

A人間の組織は指導・意志決定が不可欠であり、他方、個人の資質、資格、属性の差異は常に不均等である以上、エリートと大衆の分化だけは避けがたい。

Bエリートは、その権力を普遍的な道徳的原則・正当化神話でイデオロギー的に武装する。
モスカの「政治的フォーミュラ」、パレートの「派生体」がその例である。

C階級闘争や革命ではなく「エリートの周流」により社会変化と再均衡が達成される。
エリートの没落、興隆、交替、補充、追放等の現象は、歴史的・社会的に循環して生起する。
例えば、パレートの狐型とライオン型の統治エリートの周流論。


 こうしてエリート理論では、「エリートと大衆」という対抗の構造は恒久不変という結論が導かれる。
マルクス主義の階級闘争論では、被支配階級の主体的な自己組織化と変革主体への転換による支配階級の打倒が説かれるが、古典的エリート理論では、大衆はもっぱらエリートに動員・教化される操作客体にすぎない。
エリート理論は実証的立場から展開されたが、イデオロギー的には反民主主義、反社会主義的なものとして機能した。

現代のエリート理論
 その後、エリート理論の中心はアメリカに移り、ラスウェル、バーナム、ミルズらによって広められ、現代政治学において市民権を獲得する。
ラスウェルは、諸価値を最大限に獲得する者をエリートとよび、それは社会のあらゆる組織体、意志決定の諸段階に恒常的に存在すると主張し、バーナムは、生産と分配の手段を統制する人々が支配階級から経営者階級へと変貌していることを指摘した。
 また、ミルズは、マルクス主義に対して、その支配階級概念は政治に自律性を与えていない、階級概念は社会の一元的な経済規定性を重視する結果をもたらすと批判して、「パワー・エリート」という概念を対置した。
ミルズによれば、経済・軍事・政治の3つの自律的な制度秩序(官僚制組織)の頂点に立ち、融合して、「支配的地位を占めている人々」である「パワー・エリート」が、原子化した無力な「大衆」に対して全能の支配力を行使するのが現代大衆社会である。
ミルズは、現代アメリカ社会の政治的現実のうちに、権力と地位が国家体制に組み入れられ、政治構造が集権化する傾向を読み取ろうとしたのである。

マスコミの機能
マスコミ効果研究

(C)エリート理論