遊菜ゆな

 手には、いつ手にしたのか覚えの無いピストル。目の前にいる男が私の手に触れた。そして、それの銃口を自分の頭に宛がった。

「俺を殺せ」

 耳に残る無機質な音と、鼻を刺す血の臭い。体内を循環する血液が、一息に頭に上って迸る錯覚がした。
 そして、私の意識が戻った時には、幾ら探しても彼の姿は見当たらなかった。彼の言葉の直後にパァンという短い銃声が聞こえたところで、記憶がプツリと途切れてしまっていた。


「もう、うんざりなんだ」



  



 今更だが自分が、丹念に手入れされた高級外車に乗っているという事に気付いた。

「辛いお気持ちは分かりますが、どうかお気を確かに」

 運転席に居る悦哉えつやが言った。私は、彼の右隣の助手席に座っていた。彼は、この外車の持ち主ではない。

「悦哉さん」

 どうしても、聞いておきたい事があった。私は問うた。

「彼は、生未いくみは死んじゃったんですか」

 長い沈黙が訪れる。
 私はこの手で、彼を殺してしまったのだろうか。それとも、彼は助かって逃げたのだろうか。あの時の銃声が、私の手にしていたピストルの音か、そんなことも分からない。自分が情けなかった。

「…あれは、誰の所為でもないんです」

 脳の働きが鈍い。考えようとしても、解らなくなる。
 私は泣きたい気持ちでいっぱいだった。それを堪えて、再び尋ねる。

「生未はどこにいるんですか」

 解っている。解っていても、それでも彼の存在を探してしまう私は、なんて情けないのだろう。
 神様、お願いです。もう何も望まないから、お願いです。彼が遠くにいるのなら、私はどこにだって行く。彼がもうこの世にいないのならば、私も後を追う。だから、生未の在り処を、教えて下さい。私は、彼に会いたい。



  



 そろそろ、休憩しましょうか。
 車でエクスプレスウェイを走り続けること2時間。遊菜と悦哉は近くにあったパーキングエリアで、一旦降りることにした。
 少し店の中を見て来ます、と言った悦哉を遊菜はベンチに腰掛け待っていた。悦哉に、一緒に来ませんかと誘われたが、遊菜はそれを断った。それにしても、流石に真冬の外は寒い。車から出る時、コートを持ってくれば良かったと後悔する。そんなことを思っていると、悦哉が帰ってきた。両手に紙コップを持っていた。紙コップからは白い湯気が絶え間なく沸いていた。悦哉は寒いですねと言い、遊菜に片方の紙コップを渡した。

「すみません、寒い中待たせてしまって……。さて、車に戻りましょうか」


 ***


 悦哉が奢ってくれた温かいココアを飲みながら、アイドリング状態の車内で彼の話を聞いていた。

「どうして、道堂みちどう家に何の関係も持たないの遊菜さんが、僕と共に行動できているのかご存知ですか?」

 悦哉が遊菜に尋ねた。遊菜は首を振り、「いえ、」と否定した。道堂家とは、生未の家のことだ。生未は大財閥の息子で、悦哉はその家の使用人で、主に生未の面倒を見ているようにと言われているらしい。悦哉は生未を本当の子供のように可愛がるから、遊菜はその遣り取りを見ているのが嬉しかった。

「そういえば、そうですね。私が懇願したとはいえ、あのお父様が部外者である私のことを許すわけがないんですよね……。すごく、気になります」

 そう言うと悦哉は「それは、僕がお父様を説得したからです」と言って、自分の髪の毛を掻き回した。そして「ただ、今はまだ、内容はを話せませんけど」と苦笑した。









 酷く驚いた。悦哉は「拙いですね、」と言い、顔を顰めた。

「今度は――。彼方が狙われているようです、遊菜さん」

 状況は悪化していた。



  



「生未様が死を選んだのは、生未様の独断です」

 悦哉が真実を、漸く明かした。

「生未様は、貴方を護るのだと、敵に命を差し出しました。そんなことをしても何の意味もないと、僕は止めましたが、生未様はそれを聞きませんでした。そしてやはり、裏目に出てしまいました」

 有り得なかった。

「生未様が、自分の命に代えてまで遊菜さんを護ったのは、それだけ遊菜さんを愛されていたということではないですか。僕は彼の死を無駄だったとは思いませんし、思いたくありません。僕は、それをお父様に言いました」

「遊菜さんも決して、死のうだなんて馬鹿な真似しないで下さいね」

 悦哉が言った。対し遊菜は「当たり前、」と言い、踵を返した。

「馬鹿な、男ね」

 こうでも言わないと、泣いてしまいそうだった。
 生未という男は、本当の、本当に、馬鹿で阿呆だ。





















  













 生未は財閥の息子ということもあって、人より裕福な生活をしていた。
 勿論、それを妬む者や生未のことを嫌う者も多かった。それはおかしい、だって生未だって同じ人間じゃない。心だって、しっかりあるのに。生未は芯の強い格好良い男の子だよ。そう言ってくれたのがただ一人、遊菜だった。





 私の想いなんか、しっちゃかめっちゃかにして。

「生未―――――!!」

 私が生未を、殺めるわけがない。



  



















  







































「だ、って…嫌だったんだもん」

 「何がだよ」

「今までみたいに居られなくなっちゃうの、嫌だったんだもん」

 本当の気持ちだった。

「バァカ」

 そう言って生未は、遊菜の頭を撫でた。



  


















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